ローマ市内観光2日め

 今日はヴァティカン博物館とコロッセオという、ローマに来たら絶対にはずせないポイントの観光。コロッセオは事前に予約しておいた(私が利用したのは「ローマナビ・ネット」という会社です)のだが、ヴァティカン博物館では寒空の下での行列を覚悟で行かなければならない。ホテルのレストランで朝食をとり、気合を入れていざ出発!

朝食はホテルのレストラン「ドネイ」で やっぱり野菜はありません
右側のパンがおいしかった~!

 ついに一番恐れていたローマのメトロに乗る。まずはチケットの購入だが、ミラノとは違って自動券売機があり、操作も簡単ですぐ購入することができた。それでも乗るたびに買うのは面倒なので、1日券を買っておいた。ヨーロッパでは珍しい自動改札機を通って…と思ったら通してくれない。ゲートが閉まってしまうのだ。もう一度チケットを通すがダメ。試しにチケットの向きを変えてみたら改札機を通ることができた。そうか、チケットの向きが正しくないとはじかれてしまうのね…。そういえばよく見ればチケットに三角の矢印が付いている。そう考えると日本の自動改札機は優秀だ…(笑)。

 さて、ついに緊張のメトロ初挑戦。やってきたのは全面タグやらイラスト?やらでペイントされた車両…しかも激混み!…怖いよぅ~~~~(涙)荷物はすべてカメラバッグに入れ、お腹の前で抱えて乗車。この時はもう、自分以外は全員が泥棒のような気分だった。実際途中駅で、泣き叫びながら警官らしき人に連行されていく女性を見てしまった。…うわ…本当にいるんだ…。小心者の私の心臓は破裂しそうなほどバクバクし出し、生きた心地がしないほど緊張してしまった。目的地の4つ先のオッタヴィアーノ駅で降りた時には、無事ここまで来られたことにホッとし、涙ぐんでしまったほどだ。

メトロの自動券売機 面倒なのでEUR4.0(約640円)の1日券を買いました。1回券が€1.0なので、4回乗れば元が取れます 自動改札機

 恐怖を乗り越えて(大袈裟な…と思うかもしれないが本当にそうだったのだ!)やってきたヴァティカン博物館。案の定長~~~~~い行列ができていて、一体どれだけ待てば中に入れるのか想像がつかないくらいだ。幸いそれほど寒くはなかったのでよかったが、結局博物館の入り口に到達するまで1時間半くらい並ぶことになった。こういう時一人だと辛い。

 建物の中に入ると、チケット売り場は2階にある。チケットを買い、まずは、グレゴリウス16世が1839年に創設した古代エジプトの埋葬品などを展示したエジプト美術館から見学することにした。続いてピウス7世が収集した約1000体の古代彫刻のオリジナルと模型が並べられているキアラモンティ美術館、ナポレオンがフランスに持ち帰った彫刻が1817年に返還されたのを期に創設されたコレクションが並んでいる新回廊、古代彫刻の並ぶピオ・クレメンティーノ美術館、動物の間、2つの大きな燭台と2~3世紀の彫像や石棺が展示されている大燭台のギャラリー、キリストの一生を描いたタペストリーのギャラリー、16世紀後半、グレゴリウス13世が数学者であり、宇宙学者でもあり、そして建築家でもあるツィオ・ダンティに描かせたイタリア各地の地図が展示されている地図のギャラリー、ソビエスキ王の間、ユリウス2世の命でラファエッロがフレスコ画を描いたラファエッロの間、ラファエッロの弟子ジュリオ・ロマーノが仕上げたといわれる「ボルゴの火災」が展示されている第4室火災の間と見学していく。あまりのスケールの大きさにただただ目を瞠るばかり。そして最後にシスティーナ礼拝堂へと続いている。ここは新法王の選挙をする場としても使われている。ミケランジェロが描いた大天井画や最後の審判の壁画は圧巻。もっと日程に余裕があれば丸1日かけてじっくり見たかった。(それにしても、礼拝堂内は写真撮影が禁止と各国語でのアナウンスが流れて続けているにもかかわらず、多くの観光客がフラッシュをバシバシたいて写真を撮っているのには呆れてしまった。)

やってきたのはヴァティカン博物館です 2階に上がってチケットを買います
ヴァティカン博物館のチケット(€13.0・約2080円) まずは、グレゴリウス16世が1839年に創設したエジプト美術館へ
続いてキアラモンティ美術館へ
ピウス7世が収集した約1000体の古代彫刻のオリジナルと模型が並べられています
新回廊 ナポレオンがフランスに持ち帰った彫刻が1817年に返還されたのを期に創設されたコレクションです 「槍を持つ兵士の像」
「プリマ・ポルタのアウグストゥス帝」 「ブロンズの孔雀」 「ナイル川の彫刻群」
「傷ついたアマゾンの女戦士像」 ピウス7世の胸像 古代彫刻の並ぶピオ・クレメンティーノ美術館
「シピオーネの石棺」 「競技者アポクシオメノス」 「ベルヴェデーレのアポロ」
「ラオコーン群像」 「ヘルメスの像」 「ペルセウスの像」
動物の間
「ベルヴェデーレのトルソ」は紀元前1世紀のもので、台座の部分に「アテネのアポロニウス作」と彫られています。そしてこの像をミケランジェロが絶賛し、システィーナ礼拝堂のフレスコ画を描く際に着想を得たんだそうです
大燭台のギャラリー その名の通り、アーチの下に大きな燭台が置いてあります
タペストリーのギャラリー 作品保護のため、フラッシュを使っての撮影は禁止 地図のギャラリー 16世紀後半、グレゴリウス13世が数学者であり、宇宙学者でもあり、そして建築家でもあるツィオ・ダンティに描かせたイタリア各地の地図
ソビエスキ王の間 ラファエッロの間 第1室コンスタンティウスの間のフレスコ画「十字架の出現」
第2室ヘリオドロスの間のラファエロの手によるフレスコ画「聖ペテロの解放」 同じく「ボルセーナのミサの奇跡」 第3室署名の間 ラファエッロのフレスコ画「聖体の論議」
同じく「枢要徳と対神徳」 同じく「アテネの学堂」 同じく「パルナッソス」
第4室火災の間 ラファエッロの弟子ジュリオ・ロマーノが仕上げたといわれる「ボルゴの火災」
この先がシスティーナ礼拝堂です(システィーナ礼拝堂内は撮影禁止です)
ヴァティカン図書館の回廊

 後ろ髪をひかれる思いでヴァティカン博物館を出て、予約しておいたコロッセオの入場時刻が15時半までなので、ヴァティカン博物館近くのリソルジメント広場からコロッセオへ向かうバスで移動することにした(ローマのバスは表示がわかりやすい)。コンスタンティヌスの凱旋門を横に見ながらついに目の前にコロッセオが現れた。72年(!)にヴェスパシアヌス帝の命で建設が始められたという円形の闘技場であり、12世紀のことわざでは「コロッセオが崩れる時、ローマも終わりとなろう。が、ローマが終わる時は世界の終わりだ」と言われたコロッセオ。入場するためには長い行列ができていたが、事前予約をしておいたため、待ち時間なしで入場できた(これから行かれる方には予約をおすすめします!)。内部は階段状になった観客席が並んでおり、これは身分や性別によって分けられていたのだそうだ。現在は床の部分が失われたため、地下の猛獣の檻や道具置き場があった場所を見ることができるようになっている。それにしても、2000年近く前に既にこのように大規模な建造物を造っていたローマの人々の技術や知識にはただただ驚くのみ。

これはコロッセオ広場のコンスタンティヌスの凱旋門 建築から2000年近くが過ぎた今もこうしてしっかりとその姿を見ることができます
予約をしておいたので、行列せずにチケットを買うことができました。チケットは€11.0(約1769円)で、コロッセオとパラティーノの丘に入場できます 身分や性別によって分けられていた観客席
現在は床の部分が失われたため、地下の猛獣の檻や道具置き場があった場所を見ることができます

 コロッセオを見学した後はローマの政治や経済の中心となっていた貴族たちの住宅地であったパラティーノの丘へ。馬場として使われたと言われるスタディオ、ドミティアヌス帝の私邸であったドムス・アウグスターナ、81年に帝位についたドミティアヌスが造らせた大宮殿、ドムス・フラヴィア、アウグストゥス帝の妃リヴィアの家とまわり、古代ローマ時代に市民の集会や裁判や政治討論、商業の中核をなしていた公共広場、フォロ・ロマーノへ向かった。

 ヴェスパシアヌスとその息子、ティトゥスがエルサレムでの戦いに勝利したことを記念して造られたティトゥスの凱旋門をくぐり、マクセンティウス帝が幼くして亡くなったロムルスのために造った神殿、アントニヌス・ピウス帝が亡くなった皇后ファウスティーナのために造ったアントニウスとファウスティーナの神殿、6人の巫女が聖なる火を守っていたヴェスタの神殿、ヌマ・ボンピリウスが建てたレジア(王宮)跡と聖なる道、紀元前179年にエミリア一族によって造られ、火災で焼失後、アウグストゥス帝の時代に再建されたエミリアのバジリカ、人々にローマ勝利の知らせをもたらした双子神にささげられた神殿、カストルとポルックスの神殿、共和政時代の政治の要であった元老院が決定を下した場、クーリア、紀元前42年に建てられたサトゥルノの神殿、最後に203年にセヴェルス帝を記念して造られたセヴェルスの凱旋門をくぐってフォロ・ロマーノを後にした。

コロッセオからパラティーノの丘へ向かいます ローマの政治や経済の中心となっていた貴族たちの住宅地だったそうです 馬場として使われたらしいスタディオ
ドミティアヌス帝の私邸、ドムス・アウグスターナ
81年に帝位についたドミティアヌスが造らせた大宮殿ドムス・フラヴィア アウグストゥス帝の妃リヴィアの家
パラティーノの丘から見下ろしたフォロ・ロマーノ ヴェスパシアヌスとその息子、ティトゥスがエルサレムでの戦いに勝利したことを記念して造られたティトゥスの凱旋門
マクセンティウス帝が幼くして亡くなったロムルスのために造った神殿 アントニヌス・ピウス帝が亡くなった皇后ファウスティーナのために造った、アントニウスとファウスティーナの神殿 6人の巫女が聖なる火を守っていたヴェスタの神殿
ヌマ・ボンピリウスが建てたレジア(王宮)跡と聖なる道 紀元前179年にエミリア一族によって造られ、火災で焼失後、アウグストゥス帝の時代に再建されたエミリアのバジリカ
人々にローマ勝利の知らせをもたらした双子神にささげられた神殿、カストルとポルックスの神殿 共和政時代の政治の要であった元老院が決定を下した場、クーリア 紀元前42年に建てられたサトゥルノの神殿
203年にセヴェルス帝を記念して造られたセヴェルスの凱旋門

 午前中のヴァティカン博物館の行列から始まり、昼食もとらずに歩き回って、いい加減疲れているはずなのに、ここまで来たらもうヤケクソ!という感じで更に歩いて真実の口広場へ。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の入り口にある「真実の口」はあまりにも有名だ。この口に手を入れて写真を撮る人々が行列していたため、柵の間から人が途切れた瞬間を狙って写真だけ撮って教会を後にした。

 更に歩いてマルケルス劇場、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂、ヴェネツィア広場、そしてパンテオンまでやってきた。このころにはさすがに体力、気力とも限界に近く、パンテオンはチラッと覗いただけで立ち去ってしまったのだが…今にして思うと現存するローマ建築の中で最も完全な形で残っているこの建造物をきちんと見ておかなかったことが悔やまれる。

更に歩いて真実の口広場へ サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の入り口にある「真実の口」 記念撮影をする人が入れ替わる瞬間に撮影しました カエサルが建設を始めた円形競技場、マルケルス劇場
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂 ヴェネツィア広場 現存するローマ建築のもっとも完全な遺構、パンテオン
いい加減疲れてきたので中まで入りませんでした…今思うともったいない…

 …にもかかわらず四大河の噴水見たさにナヴォーナ広場まで歩いてきてしまった。ナヴォーナ広場には市が立ち、とても賑やか。これは冬の風物詩だとか。さて、お目当ての四大河の噴水はベリニーニの代表作であり、ナイル川、ガンジス川、ドナウ川、ラプラタ川の4つを表す像が水を飲む様々な動物の上に乗っている噴水だ。しかし…残念ながら修復中でシートに覆われていて、全体像を見ることができなかった。パンテオンといい、見逃したものがまだまだあるので、そう遠くない将来、ローマを再び訪れる機会があるに違いない。

ほとんどヤケクソで歩いてきたナヴォーナ広場ですが… なんだなんだ?というお祭り騒ぎ
しかも、ベルニーニの代表作である「四大河の噴水」は工事中で見られず…かろうじて覗き窓から見ることができる程度でした すっかり脱力してしまい、とりあえずバス停を探してバルベリーニ広場まで戻りました

 昨夜と同じく、バス停からホテルまで戻る途中でそこそこお客さんが入っているお店を選んで夕食。昼食を抜いてしまった割にはお腹が空いていなかったので、サラダとピッツァ、そしてビールを注文。昨日のお店もそうだったのだけど、どうもサラダがあまりおいしくない。野菜そのものがよくないような感じなのが残念。でもピッツァはおいしくいただいた。

ピッツェリア「ペペローネ」で夕食 ビール(€6.0・約960円)
サラダ(€8.5・約1360円) パサパサでまずいパン サービスかと思ったらしっかりチャージされてた(€2.5・約400円) ピッツァ・ペペローネ(€9.0・約1440円)



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